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BUSINESS── ARTICLE 022── ── 17 MIN READ

韓国では、外国人はタクシーも呼べない。CES最高賞のCrossHubが、パスポートを「財布」に変えて日本へ

韓国では、外国人旅行者はアプリでタクシーを呼べず、デリバリーも頼めず、高速鉄道KTXの切符もネットで買いにくい。便利なサービスの入口が、住民の本人確認に結びついているからです。韓国のスタートアップCrossHubは、パスポートで本人確認をして、旅行者が現地の支払い・交通・予約を使えるカード「Travel Pass」をつくっています。CES 2026でFinTech部門の最高賞を受けた同社で戦略イニシアティブ部門長を務めるラ・サンヨンさんに、ゼロ知識証明を使う本人確認の仕組み、「その街でしか使えないお金」、学生証の構想、そして日本に期待することを伺いました。

海外からの旅行者は、その国の「便利」をどこまで使えているんだろう。 9月に韓国を10日間めぐってから、ずっと気になっています。

韓国出張の記事でも書いたように、韓国は日本からの旅行者がとても多い国です。そして日本もまた、韓国からの旅行者がとても多い国。2025年に日本を訪れた外国人は4,268万人と過去最多で、そのうち約946万人、5人に1人以上は韓国から来ていました。

ただ、数が増えても、旅の中身は別の話です。いまの街の便利さは、ほとんどがスマホのアプリの中にあります。タクシーを呼ぶのも、食事を頼むのも、電車の切符を買うのも、支払うのも。そして、そのアプリの入口には、たいてい「本人確認」があります。住民であることを前提にした入口です。

旅行者は、その入口の前で立ち止まってしまう。その壁を、パスポートで越えようとしている韓国のスタートアップがあります。

KNGを運営するHoppersのダンカンさんから、連絡をもらったのは10月のはじめでした。「韓国のスタートアップが日本に来ている。夜なら話を聞けるかもしれない」。その1社が、CrossHub(クロスハブ)です。

CrossHubのラ・サンヨンさんが、夜22時半すぎから時間をつくってくれました。

そして今回、パスポートを旅の「財布」に変えようとしている人に、直接お話を伺えることになりました!

先に答えを言ってしまうと、旅行者の不便の正体は、支払いの手段よりも手前にありました。「あなたは誰か」を、その国のやり方で証明できないことです。

ラ・サンヨン
WHO IS

ラ・サンヨンRa Sangyong

CrossHub 戦略イニシアティブ部門長

「外国人は、信用情報も口座もない。だから、その国のサービスが使えないんです」── ラ・サンヨン(本記事の取材より)

  1. NOWCrossHub 戦略イニシアティブ部門長新しい事業の戦略を率いる。パスポートを使う本人確認を、旅行から大学、医療へと広げる構想を進める

CrossHubで、新しい事業の戦略を率いる部門長です。会社としても、2026年9月の韓国メディアの取材で、一つの本人確認の技術で、世界の市場をつなぎたいと語っています。この夜も、パソコンで動画を見せながら、旅行者がアプリをダウンロードしてから空港でカードを受け取るまでを、1つずつ説明してくれました。

夜の会議室で、身ぶりを交えて話すCrossHubのラ・サンヨンさんと、聞き入るDATA WORLD編集長の小笠原海人
夜の会議室で、ラさんに話を聞きました。
01

パスポートが、旅の「入口」になる

Q1小笠原

ラさん、遅い時間にありがとうございます! さっそくなんですが、CrossHubって、どんなことをしている会社なんでしょう?

ラ

私たちは、AIとブロックチェーンの技術をもとに、デジタルの本人確認と、支払いを結びつけるサービスをつくっている金融の技術企業です。CESでは、FinTech部門の最高賞をいただきました。

日本でいちばん実現したいのは、外部の企業や行政と一緒につくるオープンイノベーションです。観光の分野の国の機関でも、民間の企業でも、一緒に試験導入や実証を進めていける相手を探しています。

Q2小笠原

CESで最高賞! すごいですね。本人確認と支払いを結びつける……。すみません、まだピンと来ていなくて。その本人確認は、どんな仕組みなんでしょう?

ラ

基盤になっているのが「IDBLOCK」という本人確認のシステムです。私たちは「第4世代の本人確認」と呼んでいます。

いちばん大事なのは、個人情報をサーバーに残さないことです。個人情報は、本人が自分で持つ。私たちが持つのは、「確認できた」という結果の値だけで、それをブロックチェーンに記録します。専門用語でいうと、ゼロ知識証明(ZKP)という分野の技術です。

この技術そのものが、すぐにお金になるわけではありません。でも、その次にあるいろいろなサービスの、入口になる技術だと考えてください。

地球を背景に、本人確認の画面と決済の画面を表示した2台のスマートフォン。CrossHub、IDBLOCK、B·payのロゴと、第4世代の本人確認と決済のサービスを開発する会社だという英語の説明
CES 2026でFinTech部門の最高賞を受けた「Financial Passport」。左が本人確認のIDBLOCK、右が決済のB·Payの画面です。
02

外国人は、韓国のアプリをなぜ使えないのか

Q3小笠原

情報は自分の手元に置いたまま、「確認できた」ことだけを見せる。それなら安心できますね。その「入口」が、なぜ旅行者には特に大事なんでしょう?

ラ

自分の国の人には当たり前のことなんですが、外国人は、短い期間の観光客です。信用情報も、口座もありません。だから、その国の地域のサービスを使うのが難しい。そこが困りごとなんです。

韓国に来ると分かりますが、外国人はアプリでタクシーを呼ぶことができません。カカオペイやネイバーペイのような決済も、外国で発行されたカードは受け付けない方針です。食べ物のデリバリーも、住民の本人確認と結びついているので、そもそもログインができません。

Q4小笠原

え、タクシーも呼べないんですか……!

ラ

そうなんです。それから、高速鉄道のKTX。外国人は、ネットで切符を申し込むのも難しいんです。窓口に行けば現金で買えますが、ウェブではすぐに買えない。

03

旅の前に、カードを用意する

Q5小笠原

旅行者にとっては、かなり切実な話ですね……。では、Travel Passを使うと、旅はどう変わるんでしょう?

ラ

京都に来る旅行者で説明してみますね。旅に出る前、家で荷物を準備するのと同じように、Travel Passのアプリで準備をします。

まず、パスポートと顔の撮影で本人確認をします。そして、今回の旅でいくら使うかを決めて、出発前にチャージしておく。たとえば30万円使おうと思ったら、その分を先に入れておくわけです。チャージには、AlipayやStripeなど、海外の支払いの仕組みとすでにつないでいます。

3台のスマートフォンの画面。左がパスポートの撮影画面、中央が本人確認を終えたデジタルIDの画面、右がPayPal・Stripe・Alipayなど多くの支払い方法を選べる決済画面
旅の前に、アプリでパスポートを撮って本人確認をし(左・中央)、使い慣れた支払い手段でチャージする(右)。
Q6小笠原

荷物を詰めるみたいに、お金も旅の前に準備しておくんですね。それなら、着いてから慌てずにすみそうです。その先は、どうなるんですか?

ラ

空港に着いたら、両替所でカードを受け取ります。韓国では、韓国最大級の銀行であるウリ銀行が、私たちに投資をして、この事業を一緒に進めています。

ここで大事なのは、対面で受け取ることです。金融でいちばん大事な手続きは、KYC、つまり本人確認です。銀行のサービスを使うには、どの国でも一度は対面での確認が必要になる。それを空港の両替所で済ませて、その人の名前のカードを発行します。チャージ式のカードで、もちろん現金でもチャージできます。

オレンジ色のTravel Passのアプリを表示した2台のスマートフォンと、オレンジ色のTravel Passのカード
Travel Passのアプリと、空港で受け取るカード。カードがあれば、タクシーやデリバリーなど地元のサービスが使えるようになります。

あとは、そのカードがあれば、タクシーを呼んでホテルに向かい、ホテルでデリバリーを頼んで食べることもできます。住民と同じように、地元のサービスが使えるようになるんです。

Q7小笠原

ホテルでデリバリーまで頼めたら、旅の夜がだいぶ変わりそうです! ただ、お金を先に預かる仕組みにも聞こえるのですが、CrossHubがお金を持つんでしょうか?

ラ

いいえ、私たちはお金を一切受け取りません。投資家の方からもよく聞かれる質問です。

お金はすべて銀行が持っています。私たちが提供するのは、お金をやり取りするための基盤だけで、行き来するのは記録だけです。いただくのは手数料だけ。だから安全ですし、私たちにとっては、広げていくことが宿命のようなものなんです。

04

その街でしか使えないお金

Q8小笠原

「広げることが宿命」、言い切るのがかっこいいです。その広げ方で伺いたいのですが、今日は京都市役所でも提案をされたと聞きました。どんな話をしてきたんですか?

ラ

地域通貨と、この本人確認を組み合わせる話です。

韓国では、ある広域市と協議を進めている構想があります。外国人がその街に行くと申し込めば、事前に3万ウォンや4万ウォンをチャージしたカードを渡す。そのお金は、その街でしか使えません。でも、そのお金を持って街に来た人は、3万ウォンだけ使って帰るわけではありませんよね。そこを狙うんです。

京都でも、カードを発行する会社や地域のパートナーが集まって共同の体制をつくれば、大きな実証ができる。外部と一緒につくるオープンイノベーションで、一度やってみてはどうか、という提案をしてきました。

Q9小笠原

3万ウォンだけ使って帰る人はいない……、確かに! 旅行者に、まず街を訪れるきっかけを渡すわけですね。ほかにも、そういう使い方はあるんですか?

ラ

韓国の鉄道会社KORAILからは、Travel PassをKTXの専用カードとしてつくってほしい、という話をいただいています。韓国のあちこちをKTXで旅するのが好きな外国人に、少しチャージしたカードを配って、長く使ってもらうためです。

ウリ銀行からは、こんなアイデアもいただきました。韓国に来た旅行者は、日本にもとても多く行っているそうなんです。だから、韓国に来た人が日本の街を訪ねたらポイントを付ける。都市どうし、国どうしの交流として、一緒にやりたいという話です。

Q10小笠原

国をまたいで旅をつなぐ……! 京都では、ほかにどんな話が響きましたか?

ラ

学生証です。京都は大学の街ですよね。でも、卒業すると、多くの学生が街を出ていってしまう。

このカードを学生証にすれば、留学生も含めて、身分を確かめられる学生証になります。そして卒業するときに、京都でしか使えないお金をチャージして渡したり、ミッションを達成すると特典が付いたりする。京都に住み続ける理由を、カードで渡せるんです。韓国でも、留学生が1割を超える大学と同じ話をしています。

05

80万人が集まる年に、銀行と動き出す

Q11小笠原

まずは旅行者から、なんですね。その第1段階のTravel Passは、いつごろ使えるようになるんでしょう?

ラ

システムは、もうできています。本来は今月、銀行での開始を予定していましたが、来月、1万5,000人を対象に、非公開の試験運用を始めます。そして来年の上半期に、正式に始める計画です。

来年は、韓国で「世界青年大会」というカトリックの大きなイベントがあります。少なくとも80万人が来ると見込まれていて、その後援銀行がウリ銀行なんです。だから、こうした企画ができる。私たちも、その盛り上がりに合わせて準備を進めています。

笑顔で話すCrossHubのラ・サンヨンさん
80万人が集まるイベントに向けた計画を話すラさん。
06

声で払う時代へ

Q12小笠原

Travel Passのほかにも、開発しているものがあるんですか?

ラ

V Payという、声で支払う時代に備えた技術があります。すぐに音声決済として使うというより、韓国でいま問題になっている、電話の詐欺(ボイスフィッシング)への対策として提案しています。

音声決済でいちばん大事なのは、その声が録音されたものなのか、その場で本人が出した声なのかを見分けることです。そこも開発しています。社内では、眼鏡型の端末で声を使って支払う試作も考えています。

Q13小笠原

眼鏡のままで払えたら、わざわざ眼鏡を外して顔認証しなくていいですね(笑)。ブロックチェーンに、決済に、声の認証まで……。すごい。どうやって、それだけの技術をそろえているんですか?

ラ

社内でも開発していますが、すべてを自社で研究するより、外の力を借りています。韓国には、KAISTのような大学や研究機関に、すでに研究された基盤の技術がたくさんあるんです。必要な技術が見つかったら、習得したり、買ったりする。投資で調達したお金は、そこに使います。それと、特許を出願していく。そのほうが、速く進められるんです。

07

なぜ、次は日本なのか

Q14小笠原

大学の技術を「買う」というのは、スピード感がありますね。これだけ韓国で大きな計画を進めているなかで、日本に目を向けたのは、なぜなんでしょう?

ラ

私たちのモデルは手数料なので、とにかく規模を広げなければいけません。そして、その相手として、日本はとても魅力的です。

これはかなり個人的な考えで、代表の考えとは違うかもしれませんが……。日本は、韓国の倍の市場規模があると思っています。それに、アプリのような技術の分野では韓国が先に進んでいるところもあるので、その経験を生かせる場所になりうる。

私たちは北米にも進出しようと、カナダの銀行とも話をしました。でも北米は、制度も会計の基準も大きく違います。日本は、私たちと制度がとても似ている。文化も近いので、韓国でつくったアプリを持ってきて日本向けに整えることにも、抵抗感が少ないと思います。だから日本は、市場の大きさで韓国の倍。そのうえ、韓国でつくったものや経験をそのまま持ち込める。私たちにとっては、数字の倍以上の可能性がある市場なんです。

桜と日本の五重塔、富士山、韓国の街並みを背景に、CrossHubとLINKTIVITYのロゴ、オレンジ色のTravel Passのアイコン
2026年9月に発表された、日本のLINKTIVITYとの連携。日本の交通・観光商品をTravel Passで扱えるようにする契約です。
END

旅行者が、旅先の「住人」になる日

ラさんの話を、もう一度並べてみます。旅の前にパスポートで本人確認をして、空港でカードを受け取る。旅の途中は、住民と同じようにタクシーやデリバリーを使う。街は、そこでしか使えないお金で旅行者を迎え、学生には住み続ける理由を渡す。

この先には、たとえばこんな景色が見えてきます。

  • 旅行者は、着いたその日から「地元の人」と同じアプリを使う
    本人確認は旅の前に済んでいて、空港で受け取るのは1枚のカードだけ。言葉や住所がなくても、街のサービスに入れる
  • 地域通貨が、旅行者を呼ぶ道具になる
    住民向けにつくられてきた地域通貨が、外から来る人にも開かれる。「その街でしか使えないお金」が、次の目的地を決めるきっかけになる
  • 旅で終わらず、住む人になる
    留学生や長く滞在する人が、同じ本人確認の上で、学生証や暮らしのサービスを使う。旅行者と住民の境目が、ゆるやかになっていく

この記事を、どんな視点で読むか

  • 自治体や観光の仕事をしている方へ:旅行者の「数」ではなく、「その街で何を使えたか」を見ると、取りこぼしている消費が見えてきます。地域通貨や交通のカードを、外から来る人にも開けないか、考えてみる価値があります
  • 金融や決済の仕事をしている方へ:CrossHubはお金を持たず、銀行と組んで基盤だけを提供する形をとっています。本人確認を入口に、銀行・鉄道・自治体をつなぐ「連携の設計」こそが、競争の中心になりそうです
  • エンジニアや研究者の方へ:ゼロ知識証明による本人確認、録音とその場の声を見分ける音声の認証。プライバシーと便利さを両立させる技術は、これから旅行や決済の現場で実際に試されていく分野です
  • 旅行が好きな方へ:次に海外へ行ったとき、どこで「住民向けの入口」に止められるかを意識してみると、その国のデジタル社会の形が見えてきます。そして日本を訪れる人も、同じ壁の前に立っているかもしれません
EDITOR'S TAKE ── 編集長・小笠原はこう読む

旅の不便の正体は、支払いではなく「証明」だった

ラさんの話と、日本と韓国の旅の数字を並べて見えたことを、3つにまとめます。

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キャッシュレスの次の壁は、本人確認にある

外国人旅行者の不便というと、「クレジットカードが使えない店」を思い浮かべがちです。でもラさんの話で見えてきたのは、もっと手前の壁でした。タクシーもデリバリーも鉄道の切符も、アプリの入口で「住民であること」を求めてくる。支払いの手段をいくら増やしても、その入口に立てなければ使えないんです。CrossHubがパスポートの本人確認から始めているのは、そこが本当のボトルネックだからだと思います。

VIEW02

「その街でしか使えないお金」は、旅行者を呼ぶ道具になる

地域通貨は、これまで住民のための仕組みとして語られてきました。それを外から来る人にも配り、旅の目的地を決めるきっかけにする。3万ウォンを受け取った人が、3万ウォンだけ使って帰るとは限らない。シンプルな発想ですが、本人確認ができるからこそ、配る相手を選べる。技術の話が、そのまま街の政策の話につながるところが、いちばん面白いと感じました。

VIEW03

日本も、外から見ると「入口の多い国」かもしれない

韓国の旅行者のためにつくられた仕組みが、日本で試されようとしています。日本を訪れる人の5人に1人は韓国から。そして、韓国を訪れる日本人もたくさんいます。ラさんの言う「制度が似ている」は、裏を返せば、日本も同じ壁を旅行者に見せているかもしれないということです。外から来た技術が、日本の旅の見えない不便を映す鏡になる。続けて追いかけたいテーマです。

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