DXの順番は、逆でいい。工場を「団地ごと」AIにする韓国realizableのウォン代表に聞く
工場のデジタル化は、システムを入れて、データをためて、最後にAI。この順番だと、中小の工場は何年たってもAIにたどり着けません。韓国・仁川のスタートアップrealizableは、順番を逆にしました。製品名を入れるだけで、AIが工程と見るべき数字を提案し、30分ほどでダッシュボードまで作れるという「AI工場長」。そして工場を1社ずつではなく、産業団地ごとに10社、20社で同時に試す「Multi-PoC」。ウォン・ドンミョン代表に、紙とペンが残る現場をAIにつなぐ順番と、日本の工場への提案を伺いました。

工場のAIって、いまどこまで来ているんだろう。 韓国から帰ってきて、ずっと気になっています。
9月、私は韓国の仁川・釜山・済州を10日間でめぐる「Korea Nomad Gateway」に参加しました。最初の3日間を過ごした仁川は、空港と新しい高層ビルの街という印象が強いのですが、もう一つの顔があります。南洞(ナムドン)国家産業団地。8,000社を超える会社が入り、約8万人が働く、工場の街です。
その仁川で、地元の方から一つのサービスの名前を教えてもらいました。韓国語で「AI 공장장(コンジャンジャン)」。漢字で書くと「AI工場長」です。日本語と、まったく同じ言葉なんですよね。
工場長がAIになる。いったい何をするんだろう。気になって調べてみると、日本の工場の現状も見えてきました。
日本では、AIを導入している中小の製造業は、中小企業基盤整備機構の調査で6社に1社ほどでした。しかも、AIを入れた中小企業でも、製造や生産の部門で使っているのは3社に1社くらい。総務や管理の仕事で使う会社のほうが、ずっと多いんです。
AIは、まだ工場の機械のそばまで届いていない。ただ、これは「やる気がない」という話ではなさそうでした。工場のデジタル化には、決まった順番があるからです。まず生産を管理するシステムを入れる。次にデータをためて、形をそろえる。AIは、その最後。順番どおりに進めると、何年もかかり、お金も先に出ていきます。中小の工場にとっては、AIにたどり着く前に、息切れしてしまう順番なんです。
この順番を、ひっくり返そうとしている会社があります。韓国・仁川とソウルに拠点を置くスタートアップ、realizable(リアライザブル)。「AI工場長」を作っている会社です。
じつは韓国にいるあいだに会う約束もしていたのですが、そのときは都合が合わず。帰国してから、オンラインでじっくり話を聞かせてもらうことになりました。大阪と広島、そして韓国をつないで、1時間の予定が気づけば1時間を超えていました。

そして今回、なんとrealizableの代表、ウォン・ドンミョンさんに、直接お話を伺えることになりました!
realizableが変えようとしているのは、工場のAIの2つの順番です。
- AIを、最後ではなく最初に
システムを全部そろえてからAIを使うのではなく、まずAIで大事な数字を2〜3個だけ見える化する。必要なデータとシステムは、そのあとから足していく。 - 1社ずつではなく、団地ごとに
産業団地や工業会のような「まとめ役」と組んで、10社、20社の工場で同時に試す。
順番を変えると、まだ大きなシステムを持たない工場ほど、AIから始めやすくなる。ここから、ひとつずつ伺っていきます。

ウォン・ドンミョンDaniel Won
realizable株式会社 代表取締役
「ベテランの工場長が長年の経験でしている判断を、データで再現したいんです」── ウォン・ドンミョン(本記事の取材より)
- 2010〜2017プラントの輸入管理から、海外事業へKCC建設の工事管理部で、ロシアなどCIS地域の駐在員としてプラントの輸入を管理。その後、大元産業の海外事業チームへ
- 2017〜2021フランス系の自動車部品メーカーで購買フォルシア・コリアの購買チームで、部品の開発原価と購買を担当
- NOWrealizable 代表取締役2022年3月に創業。仁川の産業団地を拠点に、製造AI「AI工場長」を開発
国立仁川大学で北東アジアの通商を学び、在学中にはモスクワ国立大学へ1年間の交換留学。卒業後は、海外のプラント、輸出、自動車部品の購買と、ものづくりの取引の最前線で働いてきました。2022年にrealizableを創業しました。
工場長の「経験」を、データで再現する
ウォンさん、今日はよろしくお願いします! さっそくなんですが、「AI工場長」って、どんなことをしてくれるサービスなんでしょう?
工場の現場のデータを読み解いて、「次に何を直すべきか」を教えてくれるAIです。
工場長という言葉は、日本語でもそのまま通じますよね。まさにその意味で付けた名前です。長年その工場を見てきたベテランの工場長は、「今日はこのラインが少しおかしい」「この時期は、この設備から手を入れたほうがいい」と判断します。あの判断を、データで再現しようというのが出発点です。

工場長さんの判断って、長年の勘のようなものだと思っていました。データにできるものなんですか?
できます。工場長が頭の中で見ているのは、じつは数字なんです。
機械がどれくらい止まらずに動いたか。不良品がどれくらい出たか。設備が次に故障するまで、どれくらいの間隔だったか。こうした工場の成績表のような数字を、KPIと呼びます。ベテランは、これを経験で読んでいる。
問題は、多くの中小の工場では、その数字が紙やExcel、あるいは工場長の頭の中にばらばらにあることです。だから、本人がいなくなると判断も一緒に消えてしまう。
韓国の工場では、そのあたりのデジタル化はどれくらい進んでいるんでしょう?
大企業は、自分たちでどんどん進めています。でも、どの国でも製造業の大部分を占めているのは中小の工場です。その中小の工場が、AIからは取り残されつつある。これは、国の製造業の競争力にとって、いちばん大きな問題だと私は考えています。
工場を経営する社長さんたちは、AIで自分たちの仕事をどう変えられるのか、イメージが湧かないんです。教科書があるわけでもない。
現場に行くと、もっと分かります。作業する人は手袋をしていて、手は油で汚れている。タブレットは使いにくいので、記録は紙と鉛筆です。それをあとで事務所の人が、パソコンに手で打ち込む。韓国でも、中小の工場はもちろん、大きな会社の現場でさえ、そういう場面はまだあります。
そういう工場に、20年かけて大企業が歩いてきたのと同じ順番を求めても、なかなか進まないんです。
DXを待たずに、AIから始める
いま「同じ順番」とおっしゃいました。システムを入れて、データをためて、最後にAI。普通はこの順番ですよね?
そうです。世界の先進的な大手メーカーは、20年以上かけてデジタル化を積み上げてきました。生産管理のMES、会社全体の基幹システムのERP、エネルギーを管理するFEMSを入れ、データを標準化し、その上にいまようやくAIを載せている。
世界経済フォーラムが選ぶ最先端の工場「ライトハウス」は、いまでは世界で238拠点まで増えました。そこで成果を上げている取り組みの多くが、AIを使ったものです。
問題は、この20年の道のりを、いま出発点に立っている中小の工場に「同じ順番で、もう一度歩いてください」と言えるのか、ということです。1段階ごとに、お金と人と時間がかかります。1社ずつ全部の工程を走り切ろうとしているあいだに、差はまた開いてしまう。追いつく前に、追いつくべき相手が先に進んでしまうんです。
だから、順番を変えるべきだと考えました。DXを全部終えてからAIを載せるのではなく、製造AIを先に載せて、必要なデータとシステムを逆からそろえていく。

えっ、AIが先なんですか。データもそろっていないのに、AIは何を見て動くんでしょう?
最初に入れてもらうのは、その工場の代表的な製品の名前、一つだけです。
たとえば「自動車のドアの部品」と入れると、AIがその製品の標準的な工程、見るべきKPI、必要な設備の組み合わせを先に提案します。工場の人は、それを自分の工場に合わせて直すだけ。白紙から作るのではありません。
これができるのは、業種260、工程5万、KPI 8,000を部品のように整理して、AIに学ばせてあるからです。韓国の製造データで学んだ土台の上に、それぞれの工場のデータを足して合わせていく形です。
韓国では、公的機関の教育プログラムで実際にやっています。参加する会社の方には、ノートPCかスマートフォンだけ持ってきてもらう。大事なKPIを2〜3個ダッシュボードにするところまで、30分です。
30分! でも、金属加工と食品の工場では、見るべき数字も違いそうです。同じ物差しで測れるんですか?
そこは、必ず聞かれるところです。答えは、国際規格にあります。
KPIの体系そのものは、私たちが独自に作ったものではありません。ISO 22400という、製造の現場を管理するためのKPIの国際規格を使っています。業種を問わない作りになっていて、生産、品質、設備の保全、在庫の領域で、34のKPIが定義されています。
稼働率、不良率、MTBF、在庫の回転率。業種が違っても、この物差しは共通です。
実際に使った工場では、どんな変化があったんでしょう?
韓国のお客さんの声を、3つ紹介させてください。社名は伏せています。
深夜3時、予想していなかった気温の変化にAIが反応して、倉庫の温度を調整しました。誰も出動していないのに、不良率が下がっていたんです。
AIが機械を動かすスケジュールを組み替えて、同じ生産量のまま、電気料金が15%下がりました。
AIが流れの詰まっている工程を見つけて、作業の順番を組み直しました。1時間あたりにできる量が上がりました。
どれも、会社全体のシステムを入れ替えた結果ではありません。KPIを2〜3個決めて、そこから始めた結果です。
深夜3時、誰もいない工場で、AIが温度を直していた。 この一文を読んだとき、思わず「工場長だ……」とつぶやいてしまいました。夜中に気づいて手を打つのは、まさにベテランの仕事なんですよね。
紙とペンの現場を、少しずつAIへ
夜中の温度まで見てくれるなんて、本当に工場長みたいですね。ただ、最初に伺ったお話だと、多くの工場では記録がまだ紙と鉛筆なんですよね。そういう手書きの記録は、どうやってAIにつないでいくんですか?
いきなり紙をなくそうとはしません。段階を踏みます。
電気自動車の前に、ハイブリッド車があったじゃないですか。工場も同じです。
たとえば、製品が仕様どおりにできているかの検査。昔は人が仕様書を見ながら目で確かめて、紙にチェックしていました。その次の段階では、人が書いた紙をカメラが読み取って、システムに自動で入力する。事務所での手入力がなくなります。
さらに次の段階では、紙そのものがいらなくなります。センサーの付いたカメラとAIが、製品を直接見て、仕様を満たしているかを判断する。合格なら、そのまま次の工程へ流れていきます。
工程を一つずつ、紙から外していくイメージです。その途中をなめらかにつなぐのも、いまの韓国ではAIの役割になっています。

現場で働く方からすると、「AIに仕事を取られる」と身構えてしまいそうです……。
そこは、いちばん繊細なところです。社長さんには、ここまでの話をそのまま伝えられます。でも、現場の人の協力がなければ、このプロジェクトは一歩も進みません。そして現場で「人を減らします」とは、絶対に言えない。
ただ、ぶつからずに進められる道もありました。若い人がなかなか入ってこず、ベテランの方ばかりが残っている工場は、少なくありません。そういう工場では、「人を減らすためのAI」ではなく、「人が来なくなった場所を支えるAI」として話すんです。人の経験を、誰でも使える標準にしていく。
厳しい言い方かもしれませんが、いまやらなければ、工場そのものが続かなくなる。そこまで来ていることを、現場の方と一緒に確かめながら進めています。
1社ずつではなく、団地ごとに試す
ここまで伺うと、工場を1社ずつ、丁寧に回っていくしかない気もします。何年かかるんだろう……。
そこで私たちが提案しているのが、「Multi-PoC」という進め方です。PoCは、本格的に入れる前の「お試し」のことですね。
1社ずつ相談してお試しを回すのではなく、産業団地や工業会、商工会議所、公的な支援機関、あるいは大手企業の取引先の集まりのような「束ねる立場の組織」と一緒に、10社、20社、50社で同時に試す方式です。
1社ずつのお試しを否定しているわけではありません。問題は、速さと広がり方です。100の工場を変えたいときに、本当に100回、最初から始める必要があるのか。
それに、1社ずつ回ると、社長さんから「うちのデータは本当に安全ですか」といった心配を、毎回一からいただきます。まとめ役の組織が入ってくれると、そうした説明や調整を、まとめ役の段階で引き受けてもらえる。私たちは、お試しそのものに集中できます。韓国では、産業団地を管理している不動産の会社と組んで進めている例もあります。

でも、何社ものデータが一つの仕組みに集まるのは、正直ちょっと怖い気もします。
当然の心配です。そして、ここがMulti-PoCを誰にでもできるわけではない理由でもあります。
何社かのお試しを同じ時期に走らせることと、何社ものデータを一つのシステムで扱うことは、まったく別の話です。3つの境界を、先に設計しておく必要があります。
- データの境界
何社かで共通に使えるデータと、1社ごとに守るべきデータを分ける。 - ルールの境界
どのデータを共通の機能に使ってよく、どのデータは会社の中にとどめるかを決める。 - システムの境界
一つの仕組みを何社もが使いながら、会社ごとのデータとAIの環境は、安全に切り分けておく。
Multi-PoCは、何社ものお試しを束ねる営業の方法ではありません。何社もの工場が、安心して一緒に使える製造AIの構造を作る仕事なんです。
参加する団地や工業会の側には、どんないいことがあるんでしょう?
3つあると考えています。
一つ目は、1回の事業で、何社もの企業を支援できること。1社ずつの支援より、効果が広がります。
二つ目は、どの製造AIが現場で本当に効くのかを、短い期間で見極められること。10社で同時に試せば、同じ物差しで比べられます。
三つ目が、いちばん大事です。その地域、その業種ならではの製造AIのモデルが残ることです。1社ずつのお試しでは、成果はその1社の中で終わってしまう。でも、何社もの工場からデータが同時にたまれば、それは地域の財産になります。
長い目で見ると、共通の製造AIはインフラとして、会社ごとのAIはサービスとして提供する形を考えています。電気や水道を、工場が1社ずつ自前で作らないのと同じです。
そうすると、realizableと一緒に進めるのは、工場1社1社というより、そのまとめ役の組織なんですね。
はい。AIを実際に使うのは、それぞれの製造企業です。でも、私たちが主なお客さま、協力のパートナーとして考えているのは、工業団地の管理や開発をしている事業者、製造業の団体、そして公的な機関です。
目指しているのは、こういう形です。
- まとめ役が、製造AIを「共通のインフラ」として届ける
団地や団体が、入居している企業や会員の企業に、製造AIを共通のデジタル基盤として提供する。 - その上で、工場ごとにAIを育てていく
それぞれの製造企業の必要に合わせて、会社ごとのAIのサービスを、さらに高めていく。
製造AIを、一部の進んだ企業だけのものにしたくないんです。工業団地やものづくりの仲間の中にいる企業なら、広く使える。身近で、当たり前の産業インフラになってほしいと思っています。
そして、その共通のインフラを本当に役立つものにする鍵が、リアルタイムのデータなんです。
AIの勝負は、リアルタイムのデータで決まる
リアルタイムのデータ、ですか。最近はフィジカルAIやAGIの話もよく聞きます。製造業のAIは、これからどこへ向かうと思いますか?
いろいろな議論がありますよね。ロボットのように体を持つフィジカルAIが工場を占めるのか。人間のように何でもこなすAGIが現れて、その会社が全部やってしまうのか。あるいは、データ分析の大手のような会社が、市場をまとめて押さえるのか。
私には、はっきりした道が2つ見えています。
一つは、リアルタイムのデータに触れられないAIは、どれも成功できないということです。どんなに賢いAIでも、工場で何が起きているかを、いま知ることができなければ動かせません。1万、10万、100万の工場のデータに触れるほど、AIは回せるようになる。Multi-PoCも産業団地との連携も、できるだけ多くの現場のデータを取り入れて、AIを良くしていくためでもあります。
もう一つは、稼ぎ方の変化です。これまでは、一つの優れたサービスが市場を取ることで成功してきました。AIの時代は、AIどうしがつながる生態系全体の中のやり取りから、本当の収益が生まれるようになると思っています。
韓国のAIと日本の現場を、パートナーでつなぐ
日本の中小の工場にも、チャンスはありそうでしょうか?
少し逆説的に聞こえるかもしれませんが、チャンスは「まだ大きなシステムを入れていないこと」にあると思います。
大企業は、20年かけて積み上げたものがあるからこそ、それを壊せない。日本の経済産業省が2018年に出したDXレポートでも、IT予算の約8割が、いまあるシステムの維持や運用に回っているとされています。新しいことに使えるのは2割です。
まだ大きな基幹システムを持っていない工場には、その縛りがありません。Excelと、手書きの記録と、少しのセンサーがある。これは「遅れている」のではなく、設計の自由が残っているということでもあります。
もちろん、すでにMESやERP、FEMSを持っている工場も多いでしょう。その場合も同じで、入れ替えるのではなく、持っているものを使えるようにする。AI工場長は、そうしたシステムに加えて、Excelや手書きの資料、センサーにもつなげられます。
韓国では、こんな声を聞きました。「MESは入れたのに、現場ではまだ使えていない」。システムがないのではなく、比べる基準がないから使われないんです。
日本の製造業は、海外の会社に少し慎重なところもあるかもしれません。日本では、どう進めていきたいですか?
私たちは、日本と東南アジアに同時に進出しようとしています。東南アジアでは、シンガポールを中心に、組めそうな会社と話を進めています。
日本は、ものづくりの長い歴史と、現場の高い技術を持つ国です。だからこそ、海外のスタートアップがいきなり「AIを入れましょう」と訪ねても、すぐに信頼してもらえるとは思っていません。
だから、1社で入っていくのではなく、信頼をいくつかのパートナーに分けて進めたい。私たちと同じようにAIを持つ会社、日本の工場への伝え方を知っている会社、そして産業団地を見ている会社。日本の事情は、日本の皆さんのほうがずっとよく知っていますから。
日本でも、工場に1社ずつソリューションを売るだけで終わらせるつもりはありません。工業団地の運営会社や製造業の団体、公的な機関の皆さんと一緒に、製造AIの導入と普及を進めていきたいと考えています。
じつは、日本にはもう先例があるんです。広島メタルワーク(広島市)など中小企業8社が、共同で生産管理のソフトウェアを開発した取り組みが、中小企業白書で紹介されています。1社では担いきれない開発を、何社かで一緒に行う。まさにMulti-PoCの考え方です。今度は、新しくソフトウェアを作らなくても、AI工場長という共通の土台があります。
最後に、日本の読者にメッセージをお願いします。
韓国には「철부지(チョルブジ)」という言葉があります。漢字で書くと「節不知」。季節を知らない人、という意味です。いつ種をまき、いつ刈り取るかを知っていることが、生きるための知恵だった農業の時代の言葉だと言われています。
私は、製造AIの季節は、いま春だと考えています。すべての技術が完成した時期ではありません。だからこそ、いまは収穫を評価するときではなく、種をまくときです。
そして製造AIの種は、会社全体のシステムではありません。一つの工場が自分で選んだ、KPIの2〜3個です。
農業の時代も、みんなが一人で暦を研究していたわけではありません。経験のある人が「そろそろまく時期だよ」と周りに伝えていた。いまの製造業で、その役を担えるのが、産業団地であり、工業会であり、公的な機関だと思っています。一つひとつの工場より、広く市場を見渡せる場所にいますから。
関心を持ってくださる団地や工業会、自治体の皆さんがいれば、ぜひ話をさせてください。工場を1社選んでいただければ、その場で製品名を入れるところから、KPIのダッシュボードまで作ってお見せします。資料で説明するより、画面で見ていただくのがいちばん早いと思っています。
工場のAIは「1社の買い物」から「地域のインフラ」へ
取材のあと、ウォンさんの話に出てきた「順番」「物差し」「束ねる」を、日本のデータと並べてみました。工場の話に見えて、その奥には、地域の産業の支え方そのものが変わる兆しがありました。
16.4%の出遅れは、「白紙」という強みにもなる
引っ越したばかりの部屋は、家具の置き場所を一から決められます。10年住んだ部屋で同じことをしようとすると、まず大きな棚を動かすところから始まる。工場のシステムも、少し似ています。
経済産業省のDXレポートは2018年の時点で、日本企業のIT予算の約8割が、いまのシステムを動かし続けるために使われていると指摘しました。9割以上を占める会社も、4割を超えていました。8年前の数字ですが、大きな仕組みを持つほど身動きがとりにくい構図は、ウォンさんの「壊せない」という言葉と重なります。
一方で、仕組みを入れれば済む話でもありません。韓国でスマート工場を入れた中小の製造業のうち、75.5%はまだ基礎の段階で、99.8%は工程の一部にしか入っていません。システムは入っても、判断はまだ人がしている。「MESはあるのに使えていない」という声は、この数字の裏返しなんですよね。
だから、日本の中小製造業の16.4%は、ただの出遅れとは言い切れません。重い仕組みを持たない工場は、いちばん新しいやり方から始められる位置にもいる。大事なのは、何を入れるかより、何を最初に見るかです。
物差しがそろうと、工場は「比べられる」
健康診断の結果が役に立つのは、血圧や血糖値を、どこの病院でも同じ定義で測っているからです。だから、去年の自分とも、同じ年代の平均とも比べられる。
工場のKPIも同じです。稼働率を「機械の電源が入っていた時間」で測る工場と、「実際に作っていた時間」で測る工場は、同じ数字でも比べられません。ISO 22400は、この定義をそろえるための規格です。韓国政府が、240の「製造工程参照モデル」をこの規格のKPIを土台に作っているのも、工場どうしを比べられるようにするためです。
ここで、ウォンさんが挙げた日本の先例を、白書で確かめてみました。広島メタルワークなど、後継ぎを育てる講座で知り合った中小企業8社が、2003年に静岡大学の協力を得て、生産管理のソフトウェアを共同で開発しています。2017年にすべての工程で使い始め、2021年までに1人あたりの売上高は8.6%増え、労働時間は15.9%減りました。不良率は97%減ったと報告されています。
20年以上前の日本で、8社はソフトウェアを自分たちで作るところから始めました。いまは、共通の物差しも、AIの土台も、最初から手元にあります。Multi-PoCの本当の価値は、何社かで一緒に試すことより、同じ物差しで「どのAIが効いたか」を比べられることにある。私はそう読みました。
日本には、工場を束ねる役がもうそろっている
日本には、工場を束ねる組織がすでにたくさんあります。商工会議所は、日本商工会議所によると全国に516。町や村の商工会は、全国商工会連合会の集計で1,587あります。各地の工業団地や、業種ごとの工業会もある。ウォンさんの言う「季節を伝える人」の席は、もう用意されているんです。
韓国は、その「束ねる」ほうへ、国ごと動き始めています。2026年6月には、2030年までに官民で20兆ウォンを投じる「製造AI 2030戦略」を発表しました。8月には、AIを入れた42の現場で生産性が平均30.1%上がり、不良率が15.5%下がったと公表し、2030年までにAIファクトリーを500か所、AXの実証産業団地を25か所つくる目標を掲げています。熟練の人が持つ暗黙の知恵が失われることを、国の課題として名指ししたうえでの目標です。
「団地ごと」は、一つのスタートアップの営業の工夫ではなく、国が目標の単位にし始めた考え方でもあるんです。日本でも、人が足りない工場は増え続けています。団地や地域で製造AIを育て、それを電気や水道のように使えるようにする。ウォンさんが描く未来は、思っているより近くにあるのかもしれません。
ここから先、注目したいところは立場によって違います。
- 自治体、商工会議所、工業会の方
補助を1社ずつ配る代わりに、10社で同時に試す事業を組めるか。同じ物差しで結果を比べられれば、次の年の支援の根拠にもなります。 - 工場を経営する方
大きなシステムの検討より先に、自分の工場で毎日見たいKPIを2〜3個決めてみる。それだけで、AIに何を頼むかがはっきりします。 - エンジニア、データの仕事をしている方
ISO 22400で定義をそろえ、何社ものデータを安全に分けて扱い、現場のデータをリアルタイムでつなぐ。製造AIは、そういう地道な設計の勝負に入っています。 - 学生の方
製造業は、AIの使い道がいちばん残っている場所の一つです。日本も韓国も、工場で働く人が減るなかで、その仕組みを作る人が求められています。
工場のAIは、1社が買う道具から、地域で育てるインフラへ。今回の取材で、いちばん持ち帰りたかったのはこの見方です。
次は、日本の工業団地にAI工場長を
工場のデジタル化には、システム、データ、AIという決まった順番がありました。その順番どおりに歩くと、中小の工場は、AIにたどり着く前に疲れてしまう。
realizableがやっているのは、その順番を入れ替え、1社ずつの道のりを団地ごとの道のりに変えることです。製品名を一つ入れて、KPIを2〜3個見えるようにする。何社かで同時に試し、同じ物差しで比べる。工場長の経験は、そうやって少しずつデータになり、やがて地域の工場みんなが使えるAIになっていきます。

取材の最後には、話はもう「記事のあと」に移っていました。日本の工場向けに説明の資料をどう作り直すか。日本のどんな団地や工業会となら、最初の一歩を踏み出せるか。ウォンさんは、日本での伝え方に合わせて資料を作り直したいと、はっきり話していました。
DATA WORLDは、この取材をきっかけに、realizableと日本の工場をつなぐ取り組みを、ウォンさんと一緒に進めていきます。ものづくりの盛んな広島をはじめ、各地の団地や工業会と、Multi-PoCを試せる場をつくっていきたいと考えています。
産業団地や工業会、商工会議所、自治体の方、そして自社の工場で試してみたい企業の方。関心をお持ちでしたら、ぜひDATA WORLDまでお声がけください。 ウォンさんが言うように、まずは工場を1社選んでいただければ、製品名を入れるところから、KPIのダッシュボードができあがるまでを、画面でお見せできます。
SOURCES ── 出典・参考
- realizable『AI 공장장』公式サイト
- 韓国 産業通商資源部『第12回 公共データ活用アイデア公募 受賞結果』(2024年8月27日)
- マネートゥデイ ユニコーンファクトリー『리얼라이저블 TIPS 최종 선정』(2024年6月12日)
- 毎日経済『리얼라이저블』(2024年11月11日)
- The Vivid『리얼라이저블 원동명 대표』(2023年7月5日)
- Tech42『[인터뷰] 원동명 리얼라이저블 대표』(2025年12月31日)
- Platum『프라이머 23기 데모데이』(2024年2月29日)
- 韓国産業団地公団『南洞国家産業団地 入居企業の現況』(公共データポータル)
- 韓国産業団地公団『南洞国家産業団地 雇用の現況』(公共データポータル)
- 韓国 中小ベンチャー企業部『第1次スマート製造革新実態調査』(2025年4月28日、KDI経済情報センター)
- 韓国 中小ベンチャー企業部『標準工程基盤の工程最適化技術開発(R&D)事業 公告』(2026年3月3日、TheVC掲載)
- 韓国 産業通商部『製造AI 2030戦略』(2026年6月29日)
- 韓国 産業通商部『AIファクトリー先導プロジェクトの成果』(2026年8月4日)
- ISO『ISO 22400-2:2014 Key performance indicators (KPIs) for manufacturing operations management』
- 世界経済フォーラム『New Global Lighthouse sites demonstrate how AI is rewiring manufacturing and supply chains』(2026年6月22日)
- 中小企業基盤整備機構『中小企業のAI等の利活用に係る実態調査』(2026年3月)
- 経済産業省『DXレポート ~ITシステム「2025年の崖」の克服とDXの本格的な展開~』(2018年9月7日)
- 中小企業庁『2025年版 中小企業白書』第1部第1章第5節
- 日本銀行『全国企業短期経済観測調査(2026年9月)』
- 厚生労働省ほか『2026年版ものづくり白書』
- 日本商工会議所『組織概要』
- 全国商工会連合会


