稲穂も病気も、AIが1株ずつ見分ける。ニコン出身の画像解析エンジニアと考える農業研究の自動化
ディープラーニングの転換点を研究の現場で見ていた画像解析エンジニアが、いま農業研究の現場でAIを動かしています。クロロス株式会社CTOの伊藤悠一氏に、創業の経緯と作物画像解析システム「SWALO」の現在地を聞き、人の目に頼ってきた品種や農薬の試験でAIが担う役割を考えます。

写真や映像の中から、人や物の特徴を見つける画像解析。ディープラーニングの進歩によって、その「見る力」はカメラやセンサー、産業の現場へ広がってきました。
その活用先の一つが、農業研究です。 私たちが食べるお米の品種や、畑で使われる農薬・肥料は、世に出る前に何年も試験を重ねています。稲の新品種なら、できるまでに10年くらい。交配で生まれた数千の株から、狙った性質を持つものを選び抜いていきます。
その間、何度も繰り返されるのが、圃場(ほじょう、作物を育てる田畑)でのフィールド試験です。担当者が試験区を歩き、穂の数や病気の広がりを目で確かめて記録していく。この目視の調査には多くの時間と労力がかかり、人によって評価にばらつきが出ることもあります(クロロス株式会社)。
しかも、試験を担う研究機関の余力は細っています。都道府県の農業試験場などでは、予算の縮小とともに研究関係の職員が20年にわたって減り続けています(三菱総合研究所)。
新しい品種や資材を生む試験は続けなければならないのに、見る人の手は限られていく。人の目で見る仕事を、画像とデータに置き換えられないか。その問いに取り組んでいるのが、クロロス株式会社の作物画像解析システムSWALOです。
この仕組みを率いるのが、カメラメーカーの研究開発部門で画像解析を研究してきた伊藤悠一さんです。

伊藤 悠一Yuichi Ito
クロロス株式会社 共同創業者・CTO
「人が見落とした情報も、画像の中にはデータとして残っている」── 伊藤悠一(本記事の取材より)
- 2007〜ニコン 研究開発部門約10年、画質改善や人・物体の検出と認識を研究
- 2011〜2012カーネギーメロン大学 客員研究員ディープラーニングの転換点の年に、画像解析の研究を発表
- 2016〜国内ベンチャー・海外大手センサーやAR、通信機器メーカーの研究開発へ
- NOWクロロス 共同創業者・CTO作物画像解析システムSWALOの開発を率いる
京都大学大学院で物理学を修了後、ニコンの研究開発部門で約10年、画像処理とコンピュータービジョン(コンピューターに画像を理解させる技術)の研究に取り組みました。在籍中には米国カーネギーメロン大学の客員研究員として、国際会議ECCVの併設ワークショップで研究を発表しています。その後、国内ベンチャーや中国の大手通信機器メーカーの研究開発を経て、2025年に仲間とクロロス株式会社を創業しました。
画像解析AIは、農業研究の現場でどこまで使えるようになったのでしょうか。伊藤さんに、SWALOの現在地と技術のこれからを聞きました。
ディープラーニングの転換点を、すぐ隣で見ていた
物理学から画像解析へ。伊藤さんのキャリアはどう始まったのですか?
私は大学院では物理学を学び、2007年に新卒でニコンに入りました。研究開発部門で約10年間、撮影画像の画質改善、人や物体の検出と認識などに取り組みました。
さらにニコンへ在籍中、運よく1年間カーネギーメロン大学に客員研究員として滞在することができまして。しかもちょうど、その時はディープラーニングの最初のブレイクスルーが起きた時期だったんですよ。
AlexNetっていうトロント大学が作ったディープラーニングモデルなんですけど、自分が滞在していた2012年に画像認識の精度を競う世界大会がありまして、そこでAlexNetが群を抜いて圧勝したんです。しかも、自分が研究の発表をしていたECCVという、画像認識やコンピュータービジョン分野の国際会議にも、AlexNetの開発チームが登壇していました。

会場は「ニューラルネットワークは本当に画像認識に使えるぞ」と大騒ぎでした。自分はカーネギーメロンでの研究を発表しに行っていたのですが、今振り返ると、すぐ隣で歴史が動いていたんですよね。
その後日本に戻ってきてからもニコンでひたすら研究開発していたんですが、「もっと自分の製品を出したいな」と思い立ちまして、退職しました。その後は国内のベンチャー企業へ移って、リストバンド型センサーで人の動きを可視化する開発やARに挑戦してみたり、中国の大手通信機器メーカーでの研究開発も経験しました。
農業へ向かった背景には、大分県にある実家の存在があります。実家は兼業農家で、帰省するたびに周囲の耕作放棄地が増えていく様子を見ていました。家から米や野菜を送ってもらう一方で、自分の技術を社会のためにもっと生かしたいという思いが強くなったんです。
そこで、培ってきた画像解析技術を農業へ持ち込めないかと考えたんです。
画像解析を農業研究へ。手作業が残る圃場から生まれたクロロス創業秘話
実家での気づきが、そのまま創業につながったのですか?
いえ。諸々の経験の後、農薬散布用ドローンの開発や作物の画像解析を取り扱うベンチャー企業に勤めていました。そこで取り組んでいたのが、ドローンで撮影した画像をAIで認識し、調査を省力化するソリューションの開発です。
新品種や農薬を開発するとき、必ず圃場でのフィールド試験を行います。圃場で育った作物を観察し、外から確認できる特徴を記録・数値化する作業です。
フィールド試験より前の工程であるラボでは、DNA解析などの技術導入が進んでいました。その一方で圃場では、試験区ごとに作物や病害を人の目で確認し、手作業で数える工程が多く残っていました。
しかも、作業される担当者さんはご高齢の方が多い。県の農業試験場や研究所のような機関を退職した方々ですので、プロフェッショナルであることは確かなのですが、広い圃場を丁寧に確認しようと思うと、負担はかなり大きいじゃないですか。
そこで、自分たちがこれを解決するソリューションとして、先ほどの研究開発に取り組んでいたのですが……。その事業者が閉業することになってしまって。
ですが開発中、すでにそのソリューションを欲しがっているお客様もいて、現場の皆さんと一緒に何度も積み重ねてきた技術もありました。ここで終わらせるのは惜しい。
そう考えた当時の仲間3人がスピンアウトし、開発と利用者との関係を引き継ぐ形でクロロスを創業しました。以前の段階では、飛行経路を作る機能や解析の機能が別々に存在していました。私たちは、それらを現場の利用者が一つの流れで扱えるように整え、現在のSWALOへつなげていったんです。
ドローンが撮り、AIが数える。SWALOの現在地
そうして生まれたSWALOで、いま何ができるのですか?
クロロスでは、ドローンによる撮影から画像解析、集計までを担うシステムSWALOを展開しています。以前から引き継いだ事業が、ようやく一つのソリューションとして形になってきました。かなり改良と工夫を加えまして、圃場で作業される方々が簡単に使えるように設計しています。
まず、SWALO Pathfinderというドローン用のコントローラで操作できるアプリを使って圃場の境界を測り、作物に近い低高度を飛ぶ経路を作ります。設定後はドローンが経路に沿って飛び、高精細な画像を連続して撮影します。

次に撮影した画像を専用のwebアプリにアップロードし、調べたい対象に合うAIモデルを選びます。稲や小麦の穂を数えるモデル、いもち病などの病変を見つけるモデルというように、検出対象ごとに専用のモデルを使う感じですね。すると、クラウド上でAIが画像内の対象を一つずつ検出し、その位置を地図上へ点として重ねます。

その数値を出力し、利用者が持つ品種、農薬の種類、散布濃度などの試験条件と突き合わせて評価することができるんです。
AIで数えるには、画像の撮り方をそろえるのが難しそうです。
そうですね。画像解析では、連続して撮った画像の重なりを保ち、検出結果を正しい位置へ対応させる必要があります。ドローンを速く飛ばしすぎると隣り合う画像の重なりが減り、地図上の結果に穴ができます。低高度での撮影、飛行速度、画像の重なり、位置合わせを一つの流れとして成立させる。これが自動でできるようになったことも、かなり大きな進歩だと思います。
しかし課題もあります。特に稲穂が何個あるか等の絶対数には、撮影高度や作物の重なり方による揺れが残ってしまいます。だから、「ここには何本稲穂がある」のような絶対数を測るような解析は、まだ研究開発を進めている段階です。
絶対数を測ることより、区画同士の違いを見る"相対評価"に使えることが肝なんです。例えば人が100と数えた基準区を、AIが80と数えた場合。その80を基準に、ほかの区画との比率を見ると、人が数えたときの区画間の傾向とかなり近い結果が出せます。
この相対値が役立つのは、フィールド試験で知りたいこととして、"条件を変えた試験区の間にどんな差が出たか"だからです。品種や農薬の種類、散布濃度が異なる区画について、基準区より穂が多いか、病変が少ないかを同じ尺度で比べることができます。しかも人が圃場全体を毎回数え直す必要もないので、どの条件で差が出たのかを効率的に評価できるわけです。
一株ずつ見分けるAIが、人の目を補う
全体の傾向だけでなく、一株ずつ見分けることもできますか?
できます。AIモデルをさらに学習させれば、もっと小さな単位の変化にも気づくことができます。小麦の異形株を検出するプロジェクトで、その真価が発揮されました。
異形株とは、通常の株と色や形が異なる株のことです。白っぽい、毛が少ないといった見た目の違いがあります。品種として世に出す際は、その割合を一定以下に抑える必要があるため、圃場で見つけて取り除きます。
クロロスでは、この異形株を検出する専用のAIモデルを作っています。そのプロジェクトでは、AIの精度を検証するために、人が圃場を見て比較用の正解データを作りました。そのとき、AIが検出した中に、人の確認から漏れていた異形株があったんです。人間の目以上に認知できる世界があることを実感した瞬間です。
こうした取り組みを経ながら、SWALOは2025年に商用提供を始め、公設試験研究機関や国内外の農薬、種苗メーカーなどで、品種評価や薬効試験に実際に使われています。
画像は、世界にいちばん近いデータ
研究者として、画像解析のどこに可能性を感じていますか?
画像解析の面白いところは、画像が外の世界を直接捉えた一次情報に近いことです。言葉は、人が視覚や音から得たものを概念化した情報です。必ずその人なりの解釈が乗り、純粋な一次情報とは言えないことがあります。
しかし画像や音声は、その前段階にあるセンサーの情報に近い。そのレイヤーからAIが解釈できれば、本当に人の代わりになる。場合によっては、人以上の認知ができることもあります。
人が見落とした情報も、画像の中にはデータとして残っている場合があります。そこへAIが意味を与えられれば、人の観察を補い、さらに細かな変化まで見つけられるかもしれない。
人の代わりになるだけでなく、人以上の認知につながる場合もある。そこに画像解析技術のすごさを感じています。完成したら、少し怖さもありますけどね(笑)。
これから、SWALOをどう育てていきますか?
現在は、作物や検出対象ごとに小さな専用AIモデルを作っています。稲の穂、小麦の穂、病変、異形株では、それぞれ学習用の画像を用意し、個別にモデルを育てる時間が必要です。
なのでこれから取り組みたいこととしては、その学習工程を短くすることです。画像と言葉を扱う大規模な視覚言語モデル、VLMの力を借り、数枚ほどの画像から新しい対象へ対応できないか、検証しながら形にできるよう目指しています。
必要な画像を集めて学習し、現場で確かめて改善する。この循環が速くなれば、新しい相談へより早く画像解析を届けられます。
クロロスとして農業の現場で使える対象を増やし、画像データが持つ情報をもっと引き出していきたいと考えています。
ラボの作業は機械化が進んだのに、畑はまだ人の目で見ている
取材のあと、伊藤さんの話に出てきた「ラボ」と「圃場」の差を数字で並べてみました。SWALOが入り込もうとしている場所が、思っていたよりずっと大きな「渋滞」だと見えてきます。
品種開発で遅れているのは、畑で「見る」工程だった
伊藤さんの話で、私がいちばん引っかかったのはここでした。ラボではDNA解析などの技術導入が進んでいたのに、圃場では人の目で数える工程が多く残っていた。
DNA解析は、生き物の設計図にあたる遺伝情報を読み取る技術です。ラボ側の進み方は、数字で見るとかなり極端です。人1人分の遺伝情報(ゲノム)をすべて読む費用は、2001年の約9,500万ドルから、2022年には約525ドルまで下がりました(米国立ヒトゲノム研究所)。約18万分の1です。
一方で、その遺伝子を持つ作物が畑でどう育ったかは、今も人が圃場を歩いて確かめています。植物科学では、この「見た目や性質を測る工程」が研究全体の足を引っ張る状態を、フェノタイピングのボトルネックと呼んできました(Furbank & Tester, 2011)。
設計図を読む速さに、実物を確かめる速さが追いついていない。SWALOが入り込んでいるのは、まさにこの詰まっている場所なんですよね。ここが流れ始めれば、DNA側で進んだ技術の成果も、ようやく畑まで届くようになります。
AIの答え合わせも、人の目が作っている
伊藤さんのチームでは、AIが検出した異形株の中に、人が作った正解データから漏れていたものがありました。
実はこれ、珍しい話ではありません。AlexNetが勝ったコンテストの土台になった画像データセットImageNetでも、検証用データの約6%(2,916枚)でラベルの誤りが見つかっています(Northcutt et al., NeurIPS 2021)。AIの「正解」も、結局どこかで人の目が付けたものなんです。
だから私は、伊藤さんが「肝」と言った相対評価にすごく納得しました。人もAIも、絶対の正解は持っていない。それなら、毎回同じ見方で比べられるほうが、試験の道具としては信頼できます。担当者が変わっても、夕方で疲れていても、ものさしは揺れません。
そもそも品種改良は、比べる仕事です。新しい稲の粘りやつやは、あきたこまちやひとめぼれといった広く作られている品種を基準にして、強いか弱いかを判定します(農研機構)。基準と並べて差を見る。AIの相対評価は、育種の現場がもともと持っていた考え方と、とても相性がいいんです。
この考え方は、工場の外観検査やインフラの点検のように「前回との差」を見る現場へ、そのまま持ち出せるはずです。
画像で残した圃場は、未来のAIがもう一度読める
ここで効いてくるのが、ドローンの自動飛行です。SWALOは高度1m前後の低空を自動で飛び、同じ条件の画像を毎回残します(クロロス株式会社)。ドローンを手で操縦したことがある人なら、これがどれだけ難しいか分かると思います。
そして、目視の記録と画像の記録には大きな違いがあります。目視で残るのは、野帳に書いた数字だけ。画像なら、その日の圃場そのものが残ります。
伊藤さんは「人が見落とした情報も、画像の中にはデータとして残っている」と話していました。今日のモデルでは拾えない病変も、少ない画像で新しい対象を学べるAIが育てば、数年前の画像から見つけ直せるかもしれない。画像で残した圃場は、あとから何度でも読み直せるタイムカプセルになるわけです。
都道府県の農業試験場では研究関係の職員が20年にわたって減り、定期異動のなかで専門の知見を引き継ぐことも課題になっています(三菱総合研究所)。伊藤さんが話していた調査の担当者も、試験場などを退職したベテランの方々でした。その目と経験を、どう次へ引き継ぐか。だから私は画像解析AIを、人の仕事を奪う技術ではなく、「見るという仕事を、時間を越えて引き継ぐ技術」だと考えています。
画像がAIの目になり、ドローンが手足になる
画像解析技術が人の目となり、異変や変化を見つける。自動操縦ドローンが人の手足となり、圃場を巡る。この二つの技術は、すでに農業研究の現場で使われ始めています。
さらに、少ない画像から新しい対象を学べるようになれば、観察できる作物や病気の幅はもっと増えていくでしょう。人が圃場を歩き、一つひとつ目で確かめてきた仕事は、作業の自動化と画像解析の高精度化によって大きく変わろうとしています。
SOURCES ── 出典・参考
- クロロス株式会社 公式サイト
- クロロス株式会社『クロロス、作物画像解析ソリューションを刷新』(2026年3月10日)
- クロロス株式会社『作物画像解析事業の承継』(PR TIMES、2025年11月11日)
- クロロス株式会社『福岡県農林業総合試験場での活用』(PR TIMES、2026年5月27日)
- クロロス株式会社『足立区 創業プランコンテストで最優秀賞』(2026年9月17日)
- 伊藤悠一氏 公開プロフィール(LinkedIn)
- Kris M. Kitani 研究室『Publications』(ECCV Workshop ARTEMIS 2012)
- Krizhevsky, Sutskever, Hinton『ImageNet Classification with Deep Convolutional Neural Networks』(NIPS 2012)
- 農林水産省『イネの品種改良の方法を教えてください。』(こどもそうだん)
- 農研機構 東北農業研究センター『写真で学ぶイネの品種改良「選抜」』
- 三菱総合研究所『これからの農業の技術開発・実装を誰がどう担うべきか? 農業の持続的発展と「地方公設試」の未来像』(2026年3月26日)
- University of Toronto『Four papers authored by U of T scholars among 25 most cited of 21st century』
- 米国立ヒトゲノム研究所『DNA Sequencing Costs: Data』
- Furbank, Tester『Phenomics – technologies to relieve the phenotyping bottleneck』(Trends in Plant Science, 2011)
- Northcutt, Athalye, Mueller『Pervasive Label Errors in Test Sets Destabilize Machine Learning Benchmarks』(NeurIPS 2021)


